北品川本通り商店会

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龍神山車は2台あった!?現在の鈴山車は、かつて担いでいた!?

龍神山車
わが町会には、かつて「龍神山車」というそれはそれは立派な山車がありまして、現在、人形・高欄・部品・屋根・等が残っている。残念ながら、金糸・銀糸の素晴らしい刺繍が施された着物や幕・泥幕は、かつて神輿倉の雨漏りで、ボロボロになってしまい、今は組み立てることができなくなってしまいました。

鈴山車

これは近所の銭湯「吹上湯」でA田の爺ちゃんの背中を流している時に聞いた話。
A田の爺ちゃんの話によると、当時の新宿(しんしゅく)【現在の北品川一丁目】は3つに分かれていて、八ツ山の踏み切り方面から「北品川新町」「善福寺門前」「法善寺門前」となっていた。新町は「龍神」、善福寺門前は「鈴」、法善寺門前は「龍神」となっていてまちの両側に龍神山車が1台ずつ2台あった、とのこと。そして驚くことに現在の鈴山車の「鈴」は山車ではなく、井桁に組んだ棒が付いていて、それで担いでいたそうです。 現在の鈴山車は、どちらかの龍神山車の土台と車輪部分に鈴部分を載せたもので、残りの車輪やもう1台の龍神山車は、売り払われてしまったらしいとの話。最近気がついたのですが、昭和初期に曳かれている鈴山車の写真を見ると、現在の鈴山車より明らかにタッパが高く、違う車輪の土台に載せているように見えます。 もしかすると、2台あった龍神山車のもうひとつの方の土台に載せていた時の写真なのかもしれませんね。